高知大学 医学部 連繋医工学 渡橋和政教授よりお話を伺いました。高知大学医学部の外科学で教授をされ、現在は連繋医工学にて学生の研究マインドを高めるためのコースづくりに携わっていらっしゃいます。DMM.make 3Dプリントサービスの人気素材であるチタンを活用して、ものづくりやワザづくりに挑戦されている過程をご紹介します。
渡橋和政様 プロフィール
1982年広島大学医学部卒業。外科学第一教室に入局。
消化器外科、小児外科、心臓外科の研修の後、
1988~1990年 米国アルバートアインシュタイン医科大学に留学。
1991年より広島大学病院勤務。心臓血管外科専攻。
2011年高知大学医学部外科学(外科二)教授
2021年より、医学部「連繋医工学」教室に異動し、修士大学院「ヘルスケアイノベーションコース」開講。
実験で使う金属3Dプリントサービスを探していた
低価格で造形できた
マテリアルが豊富で、それぞれに値段もきっちり書いてあるのが便利でした。レスポンスや対応についてはまったく問題ないと思います。むしろ助かっています。
大学での取り組み内容
本日はお忙しいところ、お時間をいただきまして誠にありがとうございます。
現在、大学でどういった取り組みをされているかお聞かせいただけますでしょうか。
僕はもともと高知大学医学部の外科学で教授をしていました。
いまは連繋医工学に異動して、学生さんの研究マインドを高めるための、一風変わったコースづくりをしています。
変わったコースといいますと、具体的にどのようなことを学ばれるのでしょうか。
高知大学には「先端医療学コース」があります。
6年制の学生のうち、2〜4年生までは週2日、どこかの教室を訪れてなにかの研究をするというコースです。
こちらに来てしばらくして、新たなコースを立ち上げました。その中で、3Dプリンターを活用して、ものづくりやワザづくりに挑戦してみようという試みも始めたところ、多いときには30人くらいの学生さんが集まりまして、そういったコースでものづくりをやっています。
とてもユニークなコースですね。
医学部では自由に選べるコースがあるのでしょうか。
必修科目の授業でコースが分かれているんです。
先端医療学コース以外にも、別のコースがあって、どちらか一方をかならず選ぶ必要があります。
現在は3割くらいの学生がこのコースを受講していて、勉強熱心な子が多い印象ですね。
渡橋様が立ち上げられたコースでは、具体的にどのようなことをされるのでしょうか。
僕のコースの中では、学生さんたちにテーマを出して、自分たちが着想したものを図案に書いてもらいます。
彼らがデッサン的に描いてきたものに対してアドバイスをして、少しずつブラッシュアップしていくんです。
イメージがある程度の形になったら、大学内では「Fusion 360」が無料で使えるので、それで3D設計をして実際に造形してもらっています。
なるほど。大学内には3Dプリンターも備え付けられているのでしょうか。
50万円くらいの3Dプリンターを購入して使っていました。
ただ、これは積層ピッチが0.3mmくらいの解像度なので、細かいところがうまくいかないとか、薄くて長いものは出力できないとか、金属が作れないなどの問題が出てきたんです。
学生さんたちの3Dプリントの量も増えてきて、大学内の3Dプリンターだと造形が間に合わなくなってきたので、DMMさんに依頼する形を取っています。
医学部の中でものづくりのコースを立ち上げたきっかけ
医学部の中でものづくりのコースを立ち上げられた理由を教えてください。
大学での勉強というのはいろいろなことを覚えて、理解して、答えを出してということの繰り返しです。
なので、どちらかというと大学の勉強では左脳ばかりを使っていることになります。
一方で、彼らが卒業すると答えがない課題にたくさんぶち当たることになります。
どこを探しても、いくら検索しても答えが出てこないような課題。これは自分たちで答えを作らないといけないですが、そういうときには右脳がものをいうんですね。
それを学生生活の6年間でまったく使わずに潰してしまうなんて、とんでもないこと。考えることをしない医者が生まれてしまうので、そこに釘を差してやろうかなと思って立ち上げたのがきっかけです。
他にものづくりをされるようなコースはあるのでしょうか。
分析や解析、データを扱うコースはたくさんありますが、ものづくりをするコースはウチだけですね。
他のコースでは着実に答えは出せますが、僕のコースは逆に答えが一切ありません。
なので、事前に学生さんたちには「ウチは答えがないよ? 無茶いうよ?」と伝えています(笑)
なるほど(笑)
これまでにどのような無茶をいってきたのでしょうか。
たとえば、一般的な人工弁は丸い形をしていますが、これを三角形や楕円形で作ることはできないかな、とか。
少し悪ふざけをして作った人工弁が実はものすごく高性能だったこともあって、普通の研究では発見できないような驚きがあるのが面白いところですね。
ただ、いくら高性能でもそれを人間の体に埋め込むわけにはいきませんけども(笑)
全てのアイデアで、かならずしも3Dプリンターを使うとは限らないのでしょうか。
全部ではないですね。
2〜4人くらいのチームが10個くらいありますが、その中で3Dプリンターが関係しているのは3つ程度です。
大学の授業としては、そのコースで初めて3Dプリンターに触れることになるのでしょうか。
そうですね。初めてだと思います。
50万円くらいで購入したプリンターは、ノズルが詰まってよく故障するので、いつも電気屋さんに頼んで修理してもらっています。
3Dプリンターは、コースの開設に合わせてご自身で用意されたのでしょうか。
実は、コース開設の前からとある研究をするために購入していたんです。
その研究は高知工科大学と連携したものなんですが、その際に使っていた3Dプリンターを再利用しています。
3Dプリンターを使い始めたきっかけや理由
人工弁の話がありましたが、3Dプリンターを使う際のテーマは、医療の分野で実用性があるものになるのでしょうか。
人工弁をテーマにしたときのそもそもの発端は、僕がずっと心臓外科をやっていたので、そこでぶち当たった課題をネタにしています。
人間の心臓弁、たとえば僧帽弁と呼ばれるものは、実は丸形じゃなくてソラマメ型なんですよ。
人工弁を作る際の都合で、仕方なく丸い形の人工弁を人体に使っているのが現状なんです。
なるほど。
量産するためといいますか、製造の都合上、そうなっていたものが仕方なく使われていたということですね。
人工弁を一番長持ちさせるためには、そういった幾何学的な形のものが優れているんですね。
やはり50年保たせようと思うと、そういうきれいな形のほうがいいに決まっているので。
学生さんたちには、あくまで頭を柔らかくするためのドリルとして、こうした難題をふっかけてみたというのがきっかけです。
いろんなテーマに対してこういった課題がある。君ならどうする? と。
疑問を投げかけて、それを解決する手段の一つに3Dプリンターがある、とヒントを出しているのですね。
そういうことですね。
「自分で考えたものが実際に手に取って触れるようなコースだけど、くる?」と聞くと、意外と好評なんです。
きっと、ものづくりに対してみんな興味はあるんですよね。
どういったところに興味があると感じていらっしゃるのでしょうか。
自分の頭で考えたものが現実になるというところですね。
きっと、フィギュアを作る人たちと同じ感動だと思うんです。
頭の中や二次元の世界、CGとは違うなにかがある。そういった気がします。
大学院で「ヘルスケアイノベーションコース」というのを立ち上げて、今年で2年目になります。
そこでロジカルシンキングという講義があって、そこの先生が講義で話してくれた中に「デザインシンキング」というものがあります。
簡単に言うと、デザインシンキングというのは一回試しに作って触ってみて、早いうちに失敗したほうが最終的に早く結果が出るという考え方です。
そういう理屈にも合致しているので、今のコースでものづくりをやってみようと思ったんです。
医者としての技術もそうですが、実際に働く場面を想定して、いかに転んで直していくかという実践的な動きを学ぶことができるんですね。
そうですね。教科書のガイドラインに従って粛々とやるだけであれば、AIに任せられる部分だと思っています。一方で、人間の違うところは、答えのないところに答えを作り出していけるところですよね。
『火のないところに煙を立てる』といいますか、どういう表現が合っているかはわかりませんが、ゼロからイチを作れることが、今の人たちには必要なのかなと感じています。
3Dプリンターで造形したものについて
今回チタンで造形いただいたものは、長方形のプレートに穴がたくさん空いているアイテムでした。
これは具体的にどういったものなのでしょうか。
これを説明するためには、少し話が長くなるかもしれません。
そもそもの発端として、実は心臓に小さい穴が空いている人は結構多いんですね。
この穴があまりにも大きいと、普通はありえないところを血液が通り抜けてしまっていろいろと害が出てきてしまいます。
これを先天性の心疾患と呼びますが、大体1〜2cmくらいの穴を手術で閉じようとすると、全身麻酔をした上で胸を開いて、心臓を一度止めてから穴を縫う流れになります。
縫う時間は5分程度ですが、胸に大きな傷がつきますし、心臓を止めないといけないので、身体への負担が非常に大きいんです。
それを解決するために、小さい傷で心臓に達して内視鏡を使って手術をする方法が行われています。その進化形が「DaVinci」と呼ばれるロボットを使った手術で、僧帽弁形成術など複雑な手術に使われています。しかし、それでも心臓を止めることには変わりがなかったんですね。
なるほど。
その後、大動脈弁という弁膜が開いたり閉じたりするのを、3Dエコーで見れる装置が登場しました。
3Dエコーを「目」として、あとは「手」を開発できれば、心臓が動いている状態でも縫うことができるのではないかと考えたんです。
中身がどうなっているか、3Dエコーを使えば全部透けて見えるということですね。
そうです。
2000年くらいに登場した3Dエコーを使って実験したところ、一応縫うことはできているんですが、エコーそのものがあまり見えないので確実性がありませんでした。
そこで高知工科大学の先生と連携して、僕が「目」の方を研究するから「手」の方を作ってくれないかと頼んだんです。
これが50万円くらいの3Dプリンターを購入するに至ったきっかけになります。
それで、僕の方で研究をしていると、エコーで見えるものと見えないもの、見えていても傾けると急に見えなくなるものが出てきたんです。
超音波が当たる方向が垂直だとよく見えるんですが、傾けていくとフッと消えてしまう。
その原因を突き止めるためにいろいろと買い込んで実験をしたところ、素材によって反射面積が異なることがわかったんです。
エコーで見えなくなる原因が反射面積にあるのかどうかを実験するために作ったのが、今回DMMさんに発注した金属のプレートになります。
なるほど。
今までは既存の商品にエコーを当てていたが、実験すると見える・見えない、の要素があることがわかったと。それを検証するためのモデルとして、DMM.makeにご発注いただいたのですね。
そうです。どういう条件であればエコーでよく見えるのかなと。
Fusion 360を使って凹んでいるもの、飛び出しているもの、鬼の金棒のような形状のものなど、さまざまなタイプを学生さんたちが設計してくれました。
その中で実際に造形したのが、DMMさんに発注した穴の空いたチタン製のプレートなんです。
3Dプリンターで造形したものの活用方法
3Dプリントしたアイテムを使った実験の結果はいかがだったのでしょうか。
今回はチタンとプラスチックのものを2種類用意しましたが、プレートだと斜めにしてもエコーでよく見えました。
理由を考えたとき、表面がザラザラで反射面積が大きいから見えるのではないかと考えています。
恐らく、これを光沢加工したらあっという間に見えなくなるんじゃないかと。
ただ、チタンよりもプラスチックのほうがよりキレイに見えたので、最近はプラスチックで発注しているかと思います。
針を掴むための持針器の片一方を発注していて、これを2つ組み合わせて挟むものを作っています。
他にはピンセットも作っていて、これらを使って、水の中の紐を掴む実験をするための工具を作ってもらいました。
素人目線でも、すごいの一言に尽きますね……!
それとは別の造形物もあります。
狭心症や心筋梗塞のときに、血管が詰まったところを乗り越えて血管をつなぐという「冠動脈バイパス手術」というものがあります。
通常、それをやるためには足から静脈を取ってきて、それを心臓に使うことになるんですが、一回やろうとすると足に20cmの傷がついてしまいます。
2回やると足の付け根から足首までザーッと切ることになってしまうので、代わりに足首からカメラを入れて、内視鏡を見ながら静脈の周りをゴシゴシこすって取ろうという方法が生まれました。
ただ、ゴシゴシこする荒っぽい方法なので静脈が傷んでしまう。もう少し楽な方法はないか学生さんに3Dの設計で考えてみてよ、と頼んで作ってもらったのがこちらです。
これを出し入れすると先っぽが開閉するようになっているもので、部品を一つずつバラバラに3Dプリントして後で組み合わせようという目論見です。
このようなものを学生さんたちに頼んでやってもらったら、自分たちでここまで作り上げてしまったので驚いています。
これはすごいですね。
Fusion 360の3Dデータも凝ったものが多いですが、これは学生様たちが自主的に勉強されたのでしょうか。
そうですね。
僕が教えられればいいんですが、旗を振るだけです(笑)
DMMを選んだ理由や素材について
普段、あまり聞かないお話なので非常に興味深いですね。
今回の造形ではチタンとプラスチックの2種類を用意されたとのことですが、それはどちらもDMMをご利用いただいたのでしょうか。
DMMさんではチタンだけです。
プラスチックは仲の良い業者に依頼して作ってもらいました。
ありがとうございます。
DMM.makeを知ったきっかけはなんだったのでしょうか。
3Dプリントサービスがないかなと探しているとき、最初に見つけたのがDMMさんだったからです。
実際に中を覗いてみるとマテリアルが豊富で、それぞれに値段もきっちり書いてあるのが便利でした。
こういうことで発注しようと思ってデータを送ったらすぐに返信をもらえたので、レスポンスが早かったことも理由のひとつです。
チタンで造形いただいたものは、なぜチタンを選ばれたのでしょうか。
最初は、最も身近にある金属のステンレスを検討していました。
ただ、ステンレスは値段が高くて、アルミニウムも意外と高いんですよね。
金属の中で一番安かったからチタンを選びました。
今回、磨きのオプションはご利用されませんでしたが、これはエコーで見えなくなるかもしれないことを想定してのことでしょうか。
そうです。キレイすぎると逆に見えないのではないかと仮説を立てていました。
実際にバッチリ見えたので、怪我の功名といいますか、オプションを付けずに正解でした。
プラスチックのほうがよく見えた結果だったと思いますが、表面の精度というか仕上がりに依存するのでしょうか。
素材の物性によるのかもしれません。
プラスチックはツルッと見えていますが、実は表面が微妙に凸凹しているので、超音波が少しだけ中に入り込むんです。
一方で、金属は表面ですべて弾かれてしまって、強烈な反射が戻ってくるのでギラギラするような画面になります。
プラスチックも表面である程度は反射しますが、少しだけ中に入ってから反射するので、エコー上でぼんやりした見え方になるので、それも要因のひとつかなと考えています。
同じモデルでも素材によって見え方が違うというのは、いろいろな変数がありそうですね。
DMMのサービスを使っていて、便利に感じた点や不満に感じた点はございましたか?
レスポンスや対応についてはまったく問題ないと思います。むしろ助かっています。
3Dプリンターと医療の今後について
今は実験器具でご利用いただいていますが、これを実際の手術でお使いいただくような予定はございますか。
僕自身は次の3月で定年になり、臨床の現場からは離れてしまうので、自分でそういう機会はもうありません。
ただ、医療現場に3Dプリンターを活用できるのではないかという論文はすでに3つほど出しています。
それを見つけてくれた若い人で、やってくれる人がいれば使われるのではないかと思います。
あと、3Dプリンターがマーケット的に伸びてくるのは整形外科かなと感じています。
特に骨(コツ)。それ自体が生きているものというか、形を維持するためのものですね。
ドイツの会社だったと思いますが、CTスキャンのデータを使って画像から3Dでリアルな形を注文できるようなことを手広くやっているという話は聞いたことがあります。
なるほど。個人に合わせた形や大きさのものを造形できるサービスに需要があるのですね。
そうですね。この人の体のこの部分にあったものというデータを炙り出せる時代になっているので、個人個人にあわせた骨の形や長さ、そういった物が必要になってくると思います。
工場で同じサイズを量産するというような話ではなくて、そういうのは大きなマーケットになってくると感じますね。
内臓のような領域になると、海外のものを使おうとすると値段がすごく高いんですね。
そういった理由もあって、試せてはいないけれど自分の中でアイデアを持っているという人は多いと思います。
昔は40代になって初めて手術をさせてもらうことが多かったですが、最近は37〜38歳で専門医をとってしまうような勢いで専門医制度が進んでいます。
実際に手術を担当している30代は増えていて、彼らは頭が柔らかいですから、いろいろなアイデアを持っています。
それを実際に自分の手にとって見るということをする人は、今後の医療分野でも着実に増えてきそうな気がします。
従来の現場では、どういった素材が使われているのでしょうか。
骨の再現はいまだにできていません。
なので、肋骨を一本持ってくるとか、他所から持ってきて補っているんですね。
または、本当は入れ替えたいけど難しいから、そこにプレートを当ててネジで止めて固定をするとか。
関節の場合は「人工関節」という製品が随分前から登場しているので、それを使って手術が行われていたりします。
今後は、そんなに多い病気ではないけども、個別に形やサイズが違うものの手術で、必要なものを個別発注できる時代がくるのではと予想しています。
個別化というか、いろんなニーズを叶えるものとして3Dプリントの技法が出来上がりつつあるんだろうなと感じました。
それではお時間が来ましたので、今回はこれにて以上とさせていただければと思います。大変貴重なお話をありがとうございました。
ありがとうございました。