田中浩也先生に聞く! 第1回 3Dプリンター研究10年史

田中浩也教授インタビュー1:3Dプリンター研究10年史

日本の3Dプリンターの研究を牽引してきた田中浩也先生(慶應義塾大学SFC環境情報学部教授)にお話を伺い、田中研究室卒業生でもあるDMM.makeのスタッフが共に3Dプリンターのこれまでとこれからを考えていきます。
第1回目は田中先生の視点で、3Dプリンターの10年を振り返っていただきました。

田中浩也教授プロフィール写真

プロフィール:田中浩也先生
環境情報学部 教授/博士(工学) デザイン工学
1975年 北海道札幌市生まれのデザインエンジニア。専門分野は、デジタルファブリケーション、3D/4Dプリンティング、環境メタマテリアル。モットーは「技術と社会の両面から研究すること」。
慶應義塾大学KGRI 環デザイン&デジタル マニュファクチャリング創造センターセンター長
文部科学省COI-NEXT (2023-)「リスペクトでつながる「共生アップサイクル社会」共創拠点」研究リーダー
東京2020オリンピック・パラリンピックでは、世界初のリサイクル3Dプリントによる表彰台制作の設計統括を務めた。

日本の3Dプリント技術の10年。ハイプカーブ通りの熱狂と安定

──しばらくお会いできていなかったので数年ぶりにお話しすることになります。本日はよろしくお願いします。
さて、「3Dプリントブームがやってくる!」と言われていた2013年から、約10年が経とうとしています。田中先生はこの10年をどのように見られていたでしょうか?

ハイプカーブ(ハイプ・サイクル)をご存知でしょうか?
あるテクノロジーが一気にブームとして盛り上がりすぎ、投資家らの期待値に対して、まだ技術が追い付いておらずガッカリされて、一気に熱が冷めていきます。しかし、その後も、技術者は改善に改善を重ねていきます。同時に、その技術を適切に応用する領域が徐々に発見されて、実社会のなかでシーズとニーズのマッチングが起こっていきます。その結果、当初期待されていたほどではなくとも、一定程度のマーケットを獲得し、社会に安定的に着地するというものです。

3Dプリント技術も正にその通りの道筋を辿ったなと考えています。

ガートナーのハイプサイクル 最初に盛り上がり、熱狂が冷め、その後技術がじわじわと普及していく
過度な期待の「ピーク期」、「幻滅期」「啓発期」「生産性の安定期」
出典:「ガートナー ハイプ・サイクル」

──「一家に1台3Dプリンターがある未来」が思い描かれていた時期もありましたが……。

それはマスメディアの煽りワードであり、まさに「バブル」の熱狂でした。私は割と初期からその未来像には懐疑的でした。

とはいえ、10年がたち、それが完全に噓だったかというと、そうでもないと思います。

私のいる環境は特殊なのであまり参考にならないかもしれませんが、現在慶應義塾大学SFCキャンパスでは、図書館のような機能をもつメディアセンター内に最新の3Dプリンターが20台程あり、3Dプリントを専門に学んでいない学生でも、いつでも使えるような環境ができています。
私の研究室の学生だと1人1台自宅に3Dプリンターを持っているような状況が普通にあります。

社会全体がそうはならなかったとしても、必要な人の手元には3Dプリンターがちゃんと1台あるような状況になっているんですよ。
これって適正なことではないでしょうか?

──DMM.makeとしての活動でも大学地域のイノベーションセンターに3Dプリンターを設置する支援をしたこともありましたね。

「大型3Dプリンターを作る」田中浩也先生の10年間の研究の歩み

──では、田中先生ご自身はこの10年3Dプリンターのトップを走る研究者であり続けましたが、どのような研究をされてきたのか教えていただけますか?

僕がやってきたのは一貫して「大型造形を3Dプリンターでできるようする」でした。家具レベルからはじめ、最終的には建築の型枠を3Dプリントできるようにしたいと思い、「アーキファブ」という呼称で実験的な3Dプリンターを作り続けてきました。

──なぜ大型造形にこだわったのですか?

昔から、人間の身長よりも大きい物が好きなんです。ロマンがありませんか?(笑)

──それはもう!(笑)

あと、単に3Dプリンターを大きくするだけではなく、3Dプリンターを試作開発のプロトタイピング・ツールから、最終製品製造のマニュファクチャリング・ツールへと進化させる必要もありました。

10年前には、まだ「3Dプリンターで最終製品はつくれない」という大きな課題がありました。それを解決するために細かいけど重要な技術開発が必要とされていました。
大きく分けて3つのポイントがあり、「出力スピードを速くする」「品質を向上させる」「工業グレードの素材を使えるようにする」といったことが世界や日本中で研究されてきました。

こういった研究者や技術者の努力もあって、今では「3Dプリンターで最終製品まで作れる」と自明のものになっていますね。
特に「3Dプリンター製」とは銘打たれていなくても、すでに市場に商品は出回っています。われわれも家具メーカーのオカムラさんと「Up-Ring」という3Dプリントチェアを開発し、製品として購入できるまでになっています。

大型3Dプリンターの例

「ArchiFab TATAMI」

──では実際に研究開発されたものの一部をご紹介いただけますか?

大型3Dプリンターとその前で3Dプリント製のカラフルな椅子に座る開発者の田中浩也先生
「ArchiFab TATAMI」腰かけている椅子もこちらの3Dプリンターで出力
たとえばこのラボにある3Dプリンターは、「ArchiFab TATAMI」といって、装置は畳2畳分のサイズで、1m*1m*1mのものまでが出力できます。京都のエス.ラボ株式会社さんにお願いして開発していただいたものです。

「茶室」

人よりも大きい造形物ができる大型3Dプリンター
超大型ペレット式 3Dプリンター 「茶室」

エス.ラボさんは3mまで出力できる「茶室」というマシンもお持ちです。もう過去5年以上、装置や機械の部分はすべてエス.ラボさんの研究開発によるもので、われわれは3Dプリント用の設計ソフト開発にシフトしてきました。

「ArchiFab MAI」

6軸のロボットアームで動く3Dプリンター
6軸のロボットアームで動く3Dプリンター「ArchiFab MAI」
また、我々はロボットアームに3Dプリントヘッドを装着し、6軸化した「ArchiFab MAI」という装置も開発してきました。ソフトウェア部分は、研究室で独自開発しています。
6軸のロボットアームで動く3Dプリンターは、うまく設計すればサポート材をかなり縮減することができるんです。

また、フィラメントではなくペレットを使うタイプの3Dプリンターで品質の良いものをつくるためには、「一筆書き」という制約を受け入れる必要があると思います。

「Fabrix」

その設計のため、専用の3Dプリント用ツールパスプラグイン「Fabrix」の開発も独自に行ってきました。
グラフィックデザイナーがよく使うAdobe Illustratorで線を描くことで、それが3Dプリンターの軌跡のデータになるというものです。

重要なことは「3Dプリンターを使って何を作るか? 社会にどう役立てるか?」

──これまでの研究で大切にしてきたことはなんでしょうか?

田中先生が手を広げ大型3Dプリントについて語る

3Dプリンターの技術開発だけではなくて、「それで何の課題を解決するか?」を同時に考えてきたということですね。
私はもともとは工学者なのですが、現在では慶應義塾大学で「デザイン工学」の研究室を主宰しています。「デザイン」の視点を取り入れることで、技術一辺倒ではなく、社会の側からも考えるようにして、異なる2つの視点から同時に研究を進めるようにしてきました。

現場のさまざまな課題を知るために、大学の研究室とは別に、市街地にもサテライトラボを設置して、とにかく多分野のいろいろな人と対話するようにしてきました。そのなかから、それぞれの分野に特有の課題が見えてきて、3Dプリンターが貢献できるポイントを多く見つけることができました。

たとえば建築分野では、高齢化により現場の職人が減ってきて、人手不足が深刻です。職人の技が3Dプリンターで再現できれば、人手不足は解消し、企業としても人件費削減に繋がります。

また、靴の分野では、デザインとサイズの異なるさまざまなバリエーションをすべて店舗に取り置く仕組みが限界に来ています。だから将来のオーダーメイド、オンデマンド製造技術として3Dプリンターに期待してしています。
こうした課題は「業界ごと」に存在します。

──小さな造形物も、たとえば「伝統工芸品なども職人のなり手が少なく、3Dプリントが必要とされている」といったご相談をDMM.makeでもいただくことが増えてきました。
   一方で自動車産業はEVが主流になるなかでエンジン部品などを主として大量の種類の車部品が不要となり、技術者の雇用が危ぶまれるようになりました。
  しかしそういった人材が「既存のものづくりの技術と3Dプリンター組み合わせて新しい商品を作り出す」といったこともあるようです。

「新しいテクノロジーが出てくると、人の仕事が奪われる」と危機感をもつ声があがりますが、テクノロジーが社会に与える効果は実際もっと多面的です。

マクルーハンの4象限図 強化/衰退/回復/転化
『SFを実現する-3Dプリンタの想像力』166pより 編集部作成
私は2015年に『SFを実現する-3Dプリンタの想像力』という新書を書きましたが、そのなかでは、マーシャル・マクルーハンと言うメディア論者のフレームワークである「テトラッド」を用いて、3Dプリンターがもたらす効果を「拡大」「衰退」「回復」「転化」の4象限で論じました。今の事例なんかは「転化」の一例だと思います。

──ちなみに、田中先生が今後挑戦されたいことはなんでしょうか?

3Dプリンターで「船」というか「浮かぶ家」を造りたいです!

このように世界では既に造られているのですが、それを上回るようなすごいものを……。
大きい物が好きですからね(笑)

──それは10年前からおっしゃっていましたね(笑)
どんな物ができるのか楽しみです…!

第2回では「コロナ禍と3Dプリント技術」についてお話を伺います。

田中浩也先生に聞く! 第2回 ウィズコロナ/アフターコロナ時代と3Dプリント技術

【全5回 田中浩也先生へのインタビューはこちら】
「田中浩也先生に聞く! 第1回 3Dプリンター研究10年史」
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