田中浩也先生に聞く! 第5回 3Dプリンターがつくる循環型社会

田中浩也教授インタビュー5:3Dプリンターが作る循環型社会

日本の3Dプリンターの研究を牽引してきた田中浩也先生(慶應義塾大学SFC環境情報学部教授)にお話を伺い、田中研究室卒業生でもあるDMM.makeのスタッフが共に3Dプリンターのこれまでとこれからを考えていきます。第5回目は3Dプリンターを起点に考える未来の話を聞きました。

田中浩也教授プロフィール写真

プロフィール:田中浩也先生
環境情報学部 教授/博士(工学) デザイン工学
1975年 北海道札幌市生まれのデザインエンジニア。専門分野は、デジタルファブリケーション、3D/4Dプリンティング、環境メタマテリアル。モットーは「技術と社会の両面から研究すること」。
慶應義塾大学KGRI 環デザイン&デジタル マニュファクチャリング創造センターセンター長
文部科学省COI-NEXT (2023-)「リスペクトでつながる「共生アップサイクル社会」共創拠点」研究リーダー
東京2020オリンピック・パラリンピックでは、世界初のリサイクル3Dプリントによる表彰台制作の設計統括を務めた。

サーキュラーエコノミー実現の鍵は3Dプリンターにある

──田中先生は近年「循環者」・「循環型社会」というキーワードをよく出されていますね。こちらについて伺っていければと思います。
「循環型社会」を支える経済システムとしての「循環経済(サーキュラーエコノミー)」について、以下のように定義されています。

サーキュラーエコノミー(循環経済)では、原材料を製品化、利活用したのち、リサイクルをして、再び製品化するために廃棄物をなるべく出さないようにする
『令和3年版 環境・循環型社会・生物多様性白書』「第2節 循環経済への移行
1 循環経済(サーキュラーエコノミー)に向けて」より

循環経済(サーキュラーエコノミー)とは、従来の3Rの取組に加え、資源投入量・消費量を抑えつつ、ストックを有効活用しながら、サービス化等を通じて付加価値を生み出す経済活動であり、資源・製品の価値の最大化、資源消費の最小化、廃棄物の発生抑止等を目指すものです。

出典:環境省『令和3年版 環境・循環型社会・生物多様性白書』

──田中先生はこの「循環経済(サーキュラーエコノミー)」実現のために3Dプリンターを役立てたいと考えていらっしゃいますね?

アクセンチュアが発表した「サーキュラー・エコノミーの実践に不可欠となる革新的テクノロジー」10個のうちのひとつに、3Dプリンターが入っています。
その役割は「正確なジオメトリーで部品を直接出力することにより製品の修理を可能にしたり、代替材料やリサイクル素材の利用機会を生み出す」と記載されています。

これは確かにそうで、たとえば古い自動車のすでに販売されていないパーツを3Dプリントで生産して、リペアやレストアにより良いものを長く使うことを支援したりできると思います。

また、バイオプラスチックなどまだマーケットがはっきりとは見えない新素材の活用先を探索したり、あるいはリサイクルプラスチックなど、「量」が安定しないため量産品に使うことがまだできない素材の使い道を開拓することなどは3Dプリンターの役割です。

ただ、私は「10の技術のうちのひとつに3Dプリンターが入った」程度で喜んではいけないと思っています。

実は重要なのは、残りの9つの技術と3Dプリンターを横に連携させること。
残り9つのテクノロジーは、「モバイル」「M2Mコミュニケーション」「クラウド・コンピューティング」「ソーシャル」「ビッグデータ・アナリティクス」「モジュラー・デザイン」「スマートリサイクル」「バイオサイエンス」「トレース&リターン・システム」となっています。

出典:『経済産業省 平成27年度地球温暖化問題等対策調査
IoT活用による資源循環政策・関連産業の
高度化・効率化基礎調査事業ー 調査報告書ー』(アクセンチュア株式会社)
今では少し古くなったキーワードも含まれていますが、基本的にはこれを参考にしながら、今回のCOI-NEXTには、センサやAI,量子コンピューティングなどの情報系の研究者や、プラスチック分解微生物を研究しているバイオ研究の研究者にも入ってもらっています。
また分解と再利用を可能にするモジュラー・デザインに取り組む建築、建材、家具のメーカーらにも呼びかけて参加してもらっているのです。

こうやって枠を超えて、他のプロフェッショナル達と手を組み、「10の革新的テクノロジー」を、バラバラではなく、それらが連結した「ひとつの革新的な技術パッケージ」にまとめあげたいと思っています。

循環者教育の実践

──分野の異なる他者と手を組むこと、循環型社会のしくみを理解してデザインすること…色々なスキルが求められそうですね。

まぁしかし逆にそれくらいいろいろな力を集めないと、地域のシリアスな課題に本当に向き合うことなんてできないのです。
今ある技術の範囲でできることを一生懸命探していてもやっぱり狭くて、すぐに限界が来ます。

そこで必要なのは、社会課題の側から逆算して、技術の足りないところを見つけてそこを新たに研究開発のテーマとして埋めていきつつ、同時に、技術を単独ではなく「群」として、全体をつなぎあわせて「ひとつのプラットフォーム」にまとまるようにしていくこと。
それこそが、いま社会で求められるプロジェクト・マネジメントの真骨頂だと思うんですよ。

あともうひとつ、今回のチームは、教育にも力を入れています。

それは、我々が10年をかけて研究していくプラットフォームを、10年後、20年後の未来に「活用する」ことになるのは、いまから10年後~20年後に社会に出ていく若者世代であるからです。それって今の小学生・中学生なんですよ。

先日、「循環者教育」のポータルとなるサイトを公開しました。

「循環者になろう」HP https://junkansha.jp/
これは鎌倉市内の小学校・中学校でこれまでおこなわれてきた環境教育、創造性教育を「循環者教育」という視点で新たに整理してまとめあげたサイトなのです。
我々の拠点の研究活動に連動して、これからたくさんの教育実践例がここに順次掲載されていく予定です。

それから、大人世代向けには、「循環創造学セミナー」というYoutube番組を月1回配信しています。
「大学の研究者の話は難しいもの」と一般的には思われているかもしれませんが、この番組では鎌倉市民の平野リエさんにパーソナリティーをお願いし、非常に分かりやすくかみ砕いた番組になっているので、好評をいただいています。

持続可能な社会の為にDMM.makeができること

──DMM.makeとしても「循環型社会や持続可能な社会のために何かできたら…」という思いや企業としての責任を感じていますが、サービスの仕組み上できることがなかなかありません。しかし一方で、お客様…特に企業ユーザーのトップ層の方からもそのようなニーズが聞かれています。
我々が3Dプリントの受託造形サービスをおこなう企業として、なにかできることはありそうでしょうか?

先ほども言いましたが、一つのアプローチとして、「3Dプリンターを使って壊れたパーツを修理することで、長く物が使い続けられますよ」と伝えることではないでしょうか?
壊れてしまった機械で、部品が廃盤になっていたとしても、3Dプリンターを使ってその部品ができれば、寿命を伸ばしていくことができます。古い車の修理などに有効な気がします。

もう一つはユーザーの素材のリテラシーを上げること。
素材の情報をどんどん提供して、たとえば材料のリサイクル率を開示してみたり、そもそも「プラスチックにはこれだけの種類がある」ことを伝えていくようなことです。

実はプラスチックにこれだけの種類があることって一般にはあまり知られていないですよね。PPとPEとPETにそれぞれどんな特徴があるかもそんなに知られていない。かくいう私も、3Dプリンターの研究をする前は知りませんでした。

逆に言えば、3Dプリンターを通じて「プラスチックというものを学んだ」のです。これはもっと広められるやり方だと思います。

──ありがとうございます。従来よりもリサイクル率を上げたことで安価に提供できる素材…たとえば「PA12エコノミー|SLS」などは取り扱いをしています。
「環境にやさしい」ことがお客様が手に取るきっかけにもなる時代なので、ぜひその点はどんどんPRしていきたいと思います。

そして、脱貨幣経済社会へ

──「未来を予測することはできない」とも仰られていましたが、最後に田中先生はこれからの未来をどのように考えているか、お聞かせいただけるでしょうか?

3Dプリンターは、「モノづくり」の道具でありながら、従来の「モノ販売ビジネス」から離れていくために人類に与えられた道具であると思っています。

従来の「モノ販売ビジネス」は、ものを生産して、一個いくら、という価格がついて交換経済が生まれていました。
たくさんモノをつくって、たくさん売れば、たくさん利益が出るという経済でした。

しかし今、地球のサスティナビリティの上で必要なのは、余計なモノをつくらないことだし、むしろ「モノ消費」ではなく「コト消費」へ移行していく必要がある。

そのためには、交換経済ではない新しいビジネスモデルを考える必要がある。
シェアリングやサブスクリプションへの移行もそうだし、地域通貨の活用もある。

私が大型3Dプリンターにこだわっている理由は、一度作ったら長く使われ、簡単には捨てるわけにはいかないロングライフな「ストックづくり」と相性が良いからでもあります。
フローの小さな製品を100個集めて、リサイクルして、ストックの大きな製品を1つに再生すれば、モノの数を減らしていることになるんですよ。
「モノづくり」ではなくて、「モノ減らし」「モノまとめ」「寿命延ばし」のために3Dプリンターを使ってみる。

こういうアプローチの価値は、いまの経済尺度では測れないと思います。
だからこそ、新しい経済モデルから構想する必要がある。
実は私も友人と新たなスタートアップを始めるのですが、そこでは、環境と経済の両方がともに改善していく新たなビジネスモデルを考えようとしています。

──新しい取り組みも楽しみですね。そして我々企業としても、大きな宿題をいただいた気がします。
これからの10年、100年先を見据えて、より人間や地球がどうあったら幸せなのかを考えながらサービスを提供していきたいと思いました。今回は本当にありがとうございました!

田中浩也先生に聞く! 第1回 3Dプリンター研究10年史

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