田中浩也先生に聞く! 第4回 リサイクリエーション慶應鎌倉ラボとまちづくり

田中浩也教授インタビュー4:リサイクリエーション慶應鎌倉ラボとまちづくり

日本の3Dプリンターの研究を牽引してきた田中浩也先生(慶應義塾大学SFC環境情報学部教授)にお話を伺い、田中研究室卒業生でもあるDMM.makeのスタッフが共に3Dプリンターのこれまでとこれからを考えていきます。
第4回目は2022年6月に開設された「リサイクリエーション慶應鎌倉ラボ」を紹介いただきながら、鎌倉の地域を巻き込んだ取り組みについてお話を伺いました。

田中浩也教授プロフィール写真

プロフィール:田中浩也先生
環境情報学部 教授/博士(工学) デザイン工学
1975年 北海道札幌市生まれのデザインエンジニア。専門分野は、デジタルファブリケーション、3D/4Dプリンティング、環境メタマテリアル。モットーは「技術と社会の両面から研究すること」。
慶應義塾大学KGRI 環デザイン&デジタル マニュファクチャリング創造センターセンター長
文部科学省COI-NEXT (2023-)「リスペクトでつながる「共生アップサイクル社会」共創拠点」研究リーダー
東京2020オリンピック・パラリンピックでは、世界初のリサイクル3Dプリントによる表彰台制作の設計統括を務めた。

連続する産学官の共創プロジェクト

──今回取材をさせていただいているこちらの施設は「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」に採択された「リスペクトでつながる「共生アップサイクル社会」共創拠点」というプロジェクトから生まれました。まずはこちらの解説からお願いできるでしょうか?

「リスペクトでつながる「共生アップサイクル社会」共創拠点」は、慶應義塾大学が代表機関となり、幹事自治体である鎌倉市(自治体)と民間企業26社による、2032年まで10年間続く予定の、長期にわたる研究成果展開プロジェクトです。

本プロジェクトでは、慶應義塾大学が有するデジタルプラットフォーム・IoT・3D製造技術を街に全面導入し「プラスチック地捨地消」を実現。さらに資源循環の各局面に市民それぞれが参加することを通じて、充実感や豊かさを享受できる新たな社会を共創します。

出典:デジタル駆動超資源循環参加型社会共創拠点
第1回でも述べましたが、私はほぼ10年間、国産ペレット式大型3Dプリンタの開発や応用開拓に携わってきました。それはJSTのCOI(センター・オブ・イノベーション)プロジェクトという、9年間に渡る研究費の支援をいただいて進めてきたものです。

今回の「共創の場形成支援プログラム (COI-NEXT)」というのは、その後継事業でもあります。

特に今回は「地域共創の部」という、大学と自治体とが深くコラボレーションして、地域の課題を解決しながら、技術を磨いていくというカテゴリーで募集が始まり、この趣旨が私の研究スタイルにぴったりだったので、応募提案させていただいたものです。

約1年半にわたる「育成型」からはじまり、この2023年4月にようやく「本格型」に昇格させていただきました。

リサイクリエーション慶應鎌倉ラボから生まれたもの

リサイクリエーション慶應鎌倉ラボの前に立つ田中浩也教授
田中先生の右にあるのが「しげんポスト」、その隣はアップサイクルでできた「ベンチ」
「リサイクリエーション慶應鎌倉ラボ」は、その地域研究活動のサテライト拠点として開設されました。鎌倉市役所や市内企業との連携を密にするため、JR鎌倉駅から徒歩5分という絶好の立地に拠点を置いています。

混合リサイクル式大型3Dプリンター

畳二畳分の大きさの大型3Dプリンターとその前に3Dプリンター製の椅子に腰かける田中浩也教授
手前の椅子もこちらのプリンターで制作

──「リサイクリエーション慶應鎌倉ラボ」に来て、まず目に入るのがこの大型3Dプリンターですね。

第1回でも紹介した、エス.ラボが開発した「混合リサイクル式大型3Dプリンター」ArchiFAB TATAMIですが、今回はここに、もう少し機器を足して、ライン作業を可能にしています。

  • 粉砕機…プラスチック製品を細かく砕いてフレーク状にする
  • リペレッタ…粉砕した材料から樹脂ペレットを製造する
  • 質量混合機…材料を配合して3Dプリンターに供給する
この3Dプリンターを含めたアップサイクルラインの機器パッケージには、最近「ArchiFAB KURA」という名前がつきました。エス.ラボさんに問い合わせていただければ、購入も可能だと思います。

しげんポストと地域通貨

このラボの前には「しげんポスト」が設置されており、生活清潔用品の詰め替えパックを回収しています。このラボ以外にも、鎌倉市役所と、面白法人カヤック、現在市内3ヵ所に設置されています。

「しげんポスト」で回収されたプラスチックは、基本的には再び詰め替えパックへと企業が水平リサイクルすることに使われるのですが、その一部をラボに分けていただき、3Dプリンターの素材として「まちのアイテム」をつくっています。
これまでに、まちの植木鉢、まちのベンチ、まちの遊具などを作ってまちに設置してきました。

──つまり、このラボでは資源の回収から素材の「リサイクル」、そしてあたらしい価値をつけた物へ生まれ変わらせる「アップサイクル」までができるのですね。

はい、そうなんです。
さらにこの資源ポストに入れると「クルッポ」という地域通貨がその場で貰えます。

地域通貨「くるっぽ」のアプリ画面、しげんポストにごみを入れるとコインがもらえる
「くるっぽ」のアプリ画面
はい、そうなんです。
そして数ヵ月経った後には、「あなたが提供した資源から、3Dプリンターでこんな物をつくりましたよ! ここに行ったら見て触れますよ!」と通知を受け取れるようにもしてあります。
資源を出した後も関係性が続き、再び「もの」のかたちになったときに連絡が来る。

これはつまり、「資源のクラウドファンディング」のような仕組みだと思うんです。

──鎌倉市の街中にリアルな拠点を持っているからこそ、市民を巻き込んだものづくりができるのだと気づかされました!

10年前、私は「メイカーズ」や「ファブラボ」の活動を通じて、「誰もがものづくりをする」ような未来を構想していました。

しかし、実際にものづくりの現場を経験してみると、ものづくりって、サプライチェーンの長い連なりなのですよね。
製品をつくる人の手前には、部品をつくる人がいる。部品を作る人の手前には、工作機械を作る人がいる。そのさらに手前には、材料を作っている人がいる。材料を採掘している人もいる……そうやってどんどん上流にあがっていくと、長い長い連鎖が見えてきます。

いま考えてみれば、当時言っていた「ものづくり」は、製品開発に近い一部の局面しか見ておらず、視野が狭かったと思います。

今は、ものづくりの「サプライチェーンのどこか」に人々が参加できる未来のことを構想しています。
そのもっとも初期的な入り口が「資源回収に参加すること」だと思うのです。
資源(材料)がないと、そもそもその先は何も始まらないのですから。
そして何より、これから世界の枯渇性資源はどんどん減っていきます。

素材も「地産地消」の時代!?

食の分野で言われてきた「地産地消」という言葉がありますね? それはものづくりでも同じことが言えるのではないかと考えています。

地域でものづくりをするときに、地域の素材を使うとその土地で生活している人の共感が生まれるんです。
いま、我々のラボでは、湯浅亮平特任講師を中心に、地域の複数の廃棄物(たとえば、廃棄プラスチックと、食品廃棄物)を独自にブレンドして、3Dプリンター用「鎌倉オリジナルブレンド材料」をつくる研究をしています。

コーヒー粕とバイオプラスチックの独自ブレンドベンチ

3Dプリントで出力した14基の黒いベンチシート

たとえば、この14基の連作ベンチは、鎌倉市内でコーヒーの残りかすを集めて、それを植物由来のバイオプラスチック・ペレットと混ぜた素材で造形しています。

現在、鎌倉市内の公共空間に設置して実験中ですが、おそらくカフェインによる虫よけの効果が出るのではないかと期待しています。

大船観音をバックに大船駅のデッキに黒いベンチが置かれている風景。子供がその上に乗っかっている。
大船駅のデッキに設置されているベンチ

湘南モノレール大船駅裏のデッキ部分で実際に見ていただくこともできます。

実はその場所から、大船観音が見えるのですが、このベンチのドレープ状のデザインは、その大船観音の布のドレープからアイディアを得た形状なのです。
ラボの荒井将来特任助教が3Dモデリングを担当してくれました。

その場所に合わせた固有のデザインができるところは3Dプリンターならではだと思います。

鎌倉エフエムのラジオブース

また、こちらはローカルFM「鎌倉エフエム」のパーソナリティである小松あかりさんから要望をいただいて、出張型ラジオDJブースを3Dプリントしたものです。
これは、慶應義塾大学SFCの春休み特別研究プロジェクトとして、学生たちと一緒に約2週間で完成させました。

障子をモチーフにしたり、鎌倉の市の花であるリンドウをあしらったりと、古都・鎌倉になじむデザインになっていますが、これはすべて学生の発案なのです。
こういうところにも、「ローカル」な形態言語・意匠言語が入ってきていて、地域性が散りばめられています。

「鎌倉オリジナルブレンド材料」の次は、混合リサイクル式3Dプリンターの力を使って「鎌倉オリジナルデザイン」の新型公共アイテムのラインナップを揃えていけたらと考えています。

鎌倉発のモデルを全国へ

FabLife ―デジタルファブリケーションから生まれる「つくりかたの未来」(著:田中浩也)書影

──田中先生は鎌倉ファブラボの場所(結の蔵)にお住まいでしたね。鎌倉という土地に惹かれた理由はどこにあったのでしょうか?

私の最初の著書でもある『FabLife-デジタルファブリケーションから生まれる「つくりかたの未来」― 』(2012年)にも書いたことですが、デジタル・ファブリケーションの技術は、「地域の独特の文化や特色と掛け算ができたら面白い」と最初から感じていました。

私は慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの教員なので、そこに通勤できる湘南エリアの中で考えたところ、鎌倉でした。

鎌倉時代からの長い歴史があって、鎌倉彫のような伝統工芸も継承されてきているところに純粋に惹かれました。

また、ファブラボって、ものをつくる場所ではありながらも「大量生産・大量消費」に対しては疑問を投げかける立場でもあります。
高速にものが駆け巡るフロー型の社会から、より必要なものを大切に長く使ったり、修理や修繕を重ねていくストック型社会への移行のドライバーにもなる必要がある。
そうした思想を体現する意味でも鎌倉がベストだと思いました。

10年がたちましたが、そのときの直感は当たっていたと思います。本当に鎌倉に拠点を置けて幸せでした。

日本初のFabLab!ファブラボ鎌倉にDMM.makeが行ってみた

──そして、3Dプリンターブームが起こる前の日本で2011年に初のFabLabを鎌倉で立ち上げ、ゆっくりとですが確実に鎌倉が「ものづくりの街」としての顔をもってきたようにも感じます。

製造業という意味での「ものづくり」が盛んなまちでは決してありません。
他方、実は人口10~50万人の市区町村の中でリサイクル率が全国で1位と非常にリサイクルが盛んな土地であることを、後になって知りました。
リサイクル率の全国平均は20%弱ですが、鎌倉は50%を越えているのです。
市民と行政の努力で、過去30年でごみ焼却量を6割も減らしてきたという実績ももっています。

そうしたことから、鎌倉ではリサイクル性を重視した「循環型」のファブリケーションがフィットすると感じました。

またこの先、鎌倉では2025年に市内のごみ焼却施設の完全停止が計画されています。

こういった「現在進行形」の地域のシリアスな課題に対し、3Dプリンターによってできることは何か? そして、まだ現在の3Dプリンターが課題解決に届かないとしたら、何が足りないのか? 新たに「何」を研究開発していけばいいのか?
こういう切り口での研究テーマ設定は、私以外に意外とまだ誰もやっていないことだったのです。

そのような経緯もあって、2022年に「リサイクリエーションラボ」をオープンしました。
これまでつくってきた3Dプリンター技術で何ができるかを確かめると同時に、「何ができないか」もしっかり直視することが、研究を進めるうえでは大事だと思っています。

まあしかしCOI-NEXTは長期プロジェクトです。ぜひ鎌倉で成功モデルを作り、全国の他の規模が近い「中都市」へも波及させていきたいですね。

──このような地域を巻き込んだ「まちづくり」はどのようにやられてきたのですか?

僕自身が10年以上鎌倉市に住み続けて、色々な人と話合いをしてきたというのがありますね。長い時間をかけて信頼関係を築いていく以外にないと思います。

ただ、実はコロナ前は出張が多く、あまり鎌倉にいない時間も多かったのです。
コロナで世の中が移動が禁じられ、大学もオンラインとなったとき、改めて“鎌倉”というまちをゆっくり自分で歩き、地域の方々とじっくり話す時間ももてた。

そこで、いろいろな線を一歩一本つなげていきました。それがようやく編みあがって、今に至ります。

──愚直に時間と行動を積み重ねていったのですね。

もうひとつは、10年以上先の未来のビジョンを勇気をもって掲げることだと思います。

『MAKERS』は10年後のビジョンを見せたと思いますが、その10年後はすでに到来してしまいました。私の「FabLife」もすでに10年前です。

では、これから10年間、何をするのか? いつまでも、「かつて見た夢」にしがみついてはいけないですし、夢は適切に更新しなければいけない。特にコロナを経験して、いろいろな先入観や価値観がリセットされた部分があると思います。

だからコロナ禍であっても「目指すべき未来」の対話の場やワークショップはずっと実践していました。
特に「高校生未来創造WS ~鎌倉の20年後の未来を考える3日間~」というイベントでは、高校生に参加してもらって、2030年ではなく「2040年」を一緒に考えたところに価値があったと思います。

──「対話を重ね、同じビジョンを作り描いていく」…地域や市民を巻き込んだものづくりのあり方、非常に勉強になりました!

次回、最終回では少し先の未来の話とDMM.makeができることについて考えていきます。

田中浩也先生に聞く! 第5回 3Dプリンターがつくる循環型社会

【全5回 田中浩也先生へのインタビューはこちら】
「田中浩也先生に聞く! 第1回 3Dプリンター研究10年史」
「田中浩也先生に聞く! 第2回 ウィズコロナ/アフターコロナ時代と3Dプリント技術」
「田中浩也先生に聞く! 第3回 失敗を恐れないものづくり人材育成のために」
「田中浩也先生に聞く! 第4回 リサイクリエーション慶應鎌倉ラボとまちづくり」
「田中浩也先生に聞く! 第5回 3Dプリンターがつくる循環型社会」
田中浩也教授インタビュー4:リサイクリエーション慶應鎌倉ラボとまちづくり
最新情報をチェックしよう!